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東京地方裁判所 昭和28年(ワ)11010号 判決 1955年10月20日

原告 タツタ電線株式会社

被告 大木伸銅株式会社

主文

被告は原告に対し、金二千七百三十万一千五百四円及び内金五百六十五万二千三十二円に対しては昭和二十八年九月二十四日から、内金五百六十二万九千四百七十二円に対しては同年十月五日から、内金五百三十三万九千六百四十四円に対しては同年十月十日から、内金五百三十四万五千一百六十二円に対しては、同年十月十八日から、内金五百三十三万五千一百九十四円に対しては同年十一月六日から、各完済にいたる迄年六分の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告において金一千万円の担保を供するときは仮りに執行することができる。

事実

第一、請求の趣旨及び原因

原告訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求原因として述べた要旨はつぎのとおりである。

一、訴外西台合金工業株式会社は、

(1)  振出日昭和二十八年六月三十日、金額五百六十五万二千三十二円、満期同年九月二十四日

(2)  振出日同年七月八日金額五百六十二万九千四百七十二円、満期同年十月五日

(3)  振出日同年七月十七日金額五百三十三万九千六百四十四円、満期同年十月十日

(4)  振出日同年七月二十一日、金額五百三十四万五千一百六十二円、満期同年十月十八日

(5)  振出日同年八月八日金額五百三十三万一百九十四円、満期同年十一月六日

なる約束手形各一通をいずれも、受取人原告、振出地東京都板橋区、支払地東京都豊島区支払場所株式会社協和銀行池袋支店として振出し、

二、更に右振出人の債務を保証するため、前記(1) 乃至(5) の約束手形の第一裏書欄を空白にして、(1) (2) の手形については、第二裏書を訴外株式会社昭和機械工作所が、第三裏書を被告が(3) 乃至(5) の手形については、第二裏書を被告が、第三裏書を右昭和機械工作所(以下昭和機械と略称する)が、それぞれ拒絶証書作成免除の上記名捺印して、(1) 乃至(5) の手形第三裏書の宛名人を原告とした上、訴外西台合金工業株式会社(以下西台合金と略称する)の手を通じて、原告に交付された。

三、本件各手形の第一裏書欄を空白にして訴外西台合金、昭和機械及び被告が各手形上にそれぞれ振出人又は裏書人として記名捺印した上、これらの手形を原告に交付したことは、振出人が不払の場合において、原告が償還請求権を行使することにより保証の実を挙げさせようとした趣旨であり従つて振出人である訴外西台合金ならびに、裏書人である被告及び右昭和機械は、第一裏書欄を補充する権限を右趣旨の下に原告に明示又は暗黙に委任したのであり、原告が第一裏書欄に手形の裏書の連続を保持させるため、原告の裏書をなしうることは、勿論、本件各手形の第二、第三の裏書が振出人債務を保証する意味で原告のためになされた以上、原告において、第二、第三の裏書人である被告及び訴外昭和機械に原告が遡求されず、逆に原告が右裏書人等に遡求権を行使することができるよう、第一裏書欄に「無担保文句」を記入することも、前記授権の範囲内のものである。

四、したがつて、原告は(1) 乃至(4) の手形については、第一裏書欄に、原告の記名捺印をなし、各手形の裏書を連続せしむべき宛名を記入の上、無担保文句を記入せずに、(1) の手形を昭和二十八年八月一日株式会社帝国銀行に対し、(2) の手形を同年七月二十九日株式会社三和銀行に対し、(3) の手形を同年八月十七日、株式会社協和銀行に対し、(4) の手形を同年八月二十日株式会社三和銀行に対しそれぞれ裏書譲渡し、その後、原告は右各銀行の了解の下に、前記三の趣旨に則りその授権の範囲にて(2) 乃至(4) の手形の第一裏書欄に「無担保文句」を補充した。((1) の手形については、該手形不渡後原告において買戻の後右「無担保文句」を補充した。)右各銀行はそれぞれ右(1) 乃至(4) の手形を前記満期日に各前記支払場所に呈示したが、その支払を拒絶された。よつて右各銀行は右(1) 乃至(4) の手形をそれぞれ原告に裏書譲渡し、原告はその所持人となつた。(5) 手形については、原告は第一裏書に記名捺印し、宛名人を白地式として手形裏書の連続を保持せしめた上、更に「無担保文句」を附記して同年十月二十九日、株式会社帝国銀行に裏書して取立をなさしめ、満期日に支払場所に呈示したが、支払を拒絶され、同銀行は原告に右手形を裏書譲渡し、原告はその所持人となつた。

五、よつて本件(1) 乃至(5) の各手形の所持人である原告は第一裏書欄の「無担保文句」は有効なので、戻手形の一般原則が適用にならず、裏書人である被告に対し、本件各手形金合計二千七百三十万一千五百四円と、各手形の満期日以降の手形法所定年六分の割合による利息を遡求して支払を求めるため、本訴請求に及んだ。

六、仮に原告の本件各手形の上第一裏書欄の「無担保文句」の記入が適法でないとしても、本件各手形は訴外西台合金が原告より買受けた電線の代金債務の支払確保のために、振出されたものである点、第一裏書欄が空白であつた点ならびに、第二裏書欄に、訴外昭和機械によつて保証の目的で記名捺印がなされた点等を知悉して、被告が振出人訴外西台合金の原告に対する手形債務を保証する目的で本件各手形の裏書欄に、記名捺印して、訴外西台合金を通じて該手形を原告に譲渡したものであるから、被告が原告の手形上の後者に位置していても、原告は被告から反対債権を以つて対抗されるいわれはない。従つて、原告は裏書人たる被告に対し償還請求を為すことができると解すべきである。

第二、被告の答弁ならびに抗弁

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、その答弁ならびに抗弁として述べた要旨はつぎのとおりである。

一、訴外西台合金株式会社が、原告主張のような(1) 乃至(5) の約束手形を振出したこと。本件各手形がいずれも第一裏書欄を空白のまゝ、それぞれ原告主張のように、第二、第三裏書が記名捺印され、訴外西台合金を通じて、原告に交付されたものであること。その後原告が本件各手形の第一裏書人として記名捺印したこと、その後原告主張の頃各手形の第一裏書欄に「無担保文句」が原告によつて記入されたこと、本件各手形が原告主張のように支払のため呈示され、それぞれ支払を拒絶されたことはいずれも認めるが、被告が本件各手形の第二、或いは第三裏書欄に記名捺印したことについて原告主張のように、振出人の債務の保証のためにこれをなしたものであり、したがつて、各第一裏書欄に「無担保文句」を記入することを明示又は黙示のうちに授権したという事実は否認する。その余の事実は全部不知である。本件各手形の第一裏書欄の「無担保文句」は後に権限なき原告によつて記入されたものであり変造にかゝるものであるから、これは被告に対して効力がない。

二、仮りに原告の前記「無担保文句」が有効としても、被告が本件各手形に前記のような裏書をするに当つて訴外西台合金社長川島武治を通じて原告との間に、原告は、被告をして、裏書人としての責任を負わしめないとの約定があつたから、被告は原告に対して、裏書の責任を負う理由がない。

三、仮りに、右約定の成立が認められないとしても、原告は、被告に対して前者たる裏書人として手形上の責任があり、被告のなした本件各裏書はいわゆる戻裏書であるから、原告はその後者たる被告に対し、手形上の権利を行うことを得ない。前記の如く「無担保文句」は原告が被告の同意なく擅に記入した変造であり、被告に対して、その効力がない。

四、仮りに、右抗弁がみとめられないとしても、被告のなした本件各手形上の裏書は、本来訴外西台合金と被告とは何等の取引関係はなく、全く第三者である西台合金のためにかゝる保証の意味を持つ裏書をすることは、被告会社の目的たる事業の遂行に必要な行為と言うことを得ないから本件裏書自体何れも無効である。

五、仮りに本件の被告の各裏書につき、会社の権利能力がありとするも、会社の代表者は会社の目的たる事業遂行のためにのみその代表権を有するものであつて、事業遂行とは何等の関係のない単なる個人的関係から、他人のために会社の名を以つて保証のための裏書をなすが如きは、その代表権の範囲を逸脱したもので、正当なる代表権の行使とはいえず、本件においても単に訴外西台合金の債務の保証のために、裏書がなされたものであることについて、原告は充分その情を知つている悪意の手形取得者であるから、被告はこの理由によつても、原告に対し、本件手形金支払の義務はない。

第三、被告の仮定抗弁に対する原告の答弁

原告訴訟代理人は被告の前記仮定的抗弁をすべて否認すると述べた。

第四、立証<省略>

理由

訴外西台合金株式会社が原告主張のような内容の(1) 乃至(5) の約束手形を振出し、各手形の第一裏書欄を空白のまま(1) (2) の手形については、第二裏書を株式会社、昭和機械工作所が第三裏書を被告が、また(3) 乃至(5) の手形については第二裏書を被告が、第三裏書を右昭和機械がそれぞれ拒絶証書作成免除の上記名捺印して、(1) 乃至(5) の手形は訴外西台合金株式会社社長川島武治の手を通じて原告に交付され、原告が本件各手形の第一裏書人として記名捺印した上本件各手形が原告主張のような各銀行に裏書譲渡され、同銀行より満期日に支払場所に呈示されたが、それぞれ支払を拒絶されたこと、これに前後して原告主張のような時期に本件各手形の第一裏書欄に原告が「無担保文句」を記入したという事実については、当事者間に争がない。

また甲第一乃至五号証のうち各成立に争のない部分によれば、原告が右各銀行から右各手形をそれぞれ裏書譲渡を受け、現にその所持人であることが認められる。

そこで原告の前示「無担保文句」を本件各手形に記入したことが有効であるかどうかについて判断するに、証人荒牧光雄、同多屋良三、同田中武英及び同栗原茂の各証言ならびに弁論の全趣旨を綜合すると、訴外西台合金の取引先であつた山田電線株式会社が火災に罹り西台合金の右訴外会社に対する債権の取立が困難となつた結果訴外西台合金の信用が低下したため有力な保証を条件として取引を続けるという原告の強い要請にもとずき、訴外西台合金の振出の約束手形を保証する意味で、本件手形につき第一裏書欄を空白のまゝ被告が前示第二或いは第三裏書人となつて記名捺印した上、訴外西台合金の社長川岸武治の手を通じて本件各手形が原告に交付されたものであることが認められる。乙第十号証、証人川島武治の証言及び被告会社代表者の尋問の結果中被告の本件手形の裏書の際、これが実質上振出人の債務を保証するため被告が裏書したのではなく、就中被告会社代表者はこれを保証する意思がなかつた旨の各供述部分は前掲証拠に照すとき措信し難い。右認定の事実によると本件各手形に原告が第一裏書人として裏書の連続を保持させるため補充することは勿論、更に原告のための保証という目的にしたがえば、本件各手形の第一裏書欄に原告が「無担保文句」を補充することも第二或は第三裏書人となつた被告及び訴外昭和機械の当然予期すべきところであつて、これら補充に関する黙示の同意が被告等により原告に与えられていたと解することができる。したがつて前示「無担保文句」を原告が裏書と同時に附記したものではなく、一旦為した裏書に後日新に添加したものであつても、被告との間においては変造という主張は当らないから、本件各手形の第一裏書欄になした原告の「無担保文句」の記入は有効である。

次に被告の抗弁につき、順次按ずるに、先ず、被告は原告との間に裏書人として、原告に対して責任を負わないとの約定があつたと主張するけれども、この点に関する証人川島武治の証言は証人荒牧光雄、同多屋良三、同田中武英の各証言に照し措信し難く其の他これを確認するに足る証拠が存在しないので採用することはできない。また被告のいわゆる戻裏書であるから、原告はその後者たる被告に対して手形上の権利を行使しえないとの抗弁は、前判示の如く本件各手形の第一裏書欄の「無担保文句」が有効である以上、戻裏書の一般原則は適用にならないので理由がない。次に本件各手形について被告がなした訴外西台合金のための保証的裏書は被告会社の目的たる事業の遂行に必要な行為ではないから無効であるとの抗弁を見るに成立に争のない乙第一号証によると、被告会社は銅合金の製造加工ならびに販売及びこれに附帯する一切の業務をすることを目的としていることが認められる。しかして、前記裏書が会社の目的の範囲内にありや範囲外にありやは、当該行為を客観的に抽象的に観察して決すべきであり一般に手形行為は被告会社の定款記載の前示目的である銅合金の製造加工販売及びこれに附帯する業務遂行に必要な行為に属するものといえるので、この抗弁も採用しえない。最後に会社の代表者は、会社の目的たる事業遂行のためにのみ、その代表権を有するものであり被告の本件各手形への裏書の如きは個人的関係から会社の名を使用するものであり、その正当な代表権の行使とはいえないから、悪意の取得者である原告に対して被告はこれを以て対抗しうると、抗弁するが、取締役の代表権限は其の会社の権利能力の範囲の全般に亘るものであつて、この範囲内においては取締役は当然に代表権を有するものであるところ、前掲証人荒牧光雄同多屋良三の各証言によると、原告は被告会社代表者大木岩治と訴外西台合金の顧問川島武治とが姻戚関係にあることを知つていたことが窺われるけれども、成立に争いなき甲第六、七号証によると、被告会社と西台合金とは、被告会社の目的が前記の通りであるのに対し、西台合金の目的は特殊鋼並びに非鉄金属の熔接及圧延による線棒板の製造販売加工其の他であつて、金属の製造加工販売という点において類似の目的を有するのみならず、被告会社代表者大木岩治は昭和二十六年三月二十日より同二十八年九月二十日まで西台合金の取締役の地位にあり又被告会社業務部長関口徳治(登記簿上監査役)も昭和二十六年三月二十六日以降西台合金の監査役の地位にある等の点から両会社間には特別の関係があると認められるから、被告会社が西台合金のため保証のための手形裏書をなすことが必ずしも被告会社の目的遂行上必要な行為であり得ないとは断定し難い。従つて被告会社代表者が事業遂行とは何等関係なく単なる個人的関係から西台合金のために会社の名を以て本件裏書を為したとしても、大木岩治と川島武治間の姻戚関係を原告が知つていたこと、又は本件裏書が保証のための裏書であることから直ちに被告主張の如き原告の悪意を推定することはできないし又被告主張の如き原告の悪意を認めるに足る証拠が他に存在しない以上抽象的に其の性質上被告会社の権利能力の範囲に属すると認められる本件裏書は被告会社に対しその効力を生ずるから、被告のこの抗弁も採用できない。

以上認定のとおり、被告は手形の裏書上前者である原告の裏書に無担保文句のある以上、原告に対し遡求しえないのにひきかえ、原告は被告に対し遡求権があるから、被告に対し本件各手形金合計二千七百三十万一千五百四円と各手形の満期日以降手形法所定年六分の割合による利息を遡求して支払を求める原告の本訴請求は理由があるので、之を全部認容し、訴訟費用については民事訴訟法第八十九条を、仮執行の宣言については、同法第百九十六条第一項を各適用して主文の通り判決する。

(裁判官 福島逸雄)

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